霞流の首に腕を絡め、その唇を重ねる相手が男性であった事には美鶴も気付いていた。だが、相手が同性であったのか異性であったのかなど、今の美鶴には大した問題とも思えない。
同性しか愛せない性分なのだと言われば、ああそうなのか、とすんなり受け入れてしまえる自信すらある。自分が女だから、だから同性しか愛せない霞流さんには興味を持ってもらえないのだ。そう結論付けてもらえれば、美鶴もそれなりに納得はする。
だが、霞流慎二の行動は、そんな単純なものではなかった。智論も、事はそんな生易しいものではないと言う。
美鶴の気持ちを受け入れる事ができないというのなら、あの臨海公園で即断ればよかったはずだ。だが霞流はわざわざ美鶴をあのような場所へ連れて行き、美鶴の中にある霞流慎二への美しいイメージをズタズタに汚すような事をした。美鶴の想いを拒絶するだけでなく、その想いを弄ぶような態度まで示した。
美鶴は、なぜ霞流慎二が自分の想いを嘲笑うかのような行動など取ったのか、それが知りたいのだ。
女性は嫌悪の対象。
霞流さんは、女性に興味がないどころか、女性が嫌いなのだ。
なぜ?
それを知る必要は美鶴には無いと、智論は言う。知っても、現状を変える事はできないと。
「現状を変えることができなくても、現状を納得する事はできます。気持ちの整理ができます」
だが智論は、食い下がる美鶴に瞳を閉じる。
「知れば、あなたはきっと、もっと苦しむ」
この子は真っ直ぐな子だ。表面上はどうあれ、本質は素直で優しい子だ。そんな子が慎二の事情を知れば、きっと慎二に同情する。もっと慎二を好きになってしまうかもしれない。
だが、その想いが慎二に届く事はない。
「あなたが傷つく」
「どうしてです?」
どうして自分が傷つくのだ? 霞流さんの事情に自分は関係ないはずだ。なのに、なぜ知って、自分が傷つくのだ?
まったく納得のできない美鶴の表情に、智論は縋るように身を乗り出した。両手を美鶴の両肩に置く。
「お願いだから、これ以上は聞かないで」
「それは無理です」
「お願い」
「無理ですよ」
これは開き直りか? ここまで来れば、もはや自分がどうなろうと構うもんか。そんなヤケでも起こしているのだろうか。
強気で反論する美鶴に、智論はまた瞳を閉じる。
「あなたが慎二に対して、むしろ大した想いも抱いていないと言うのなら、逆に知っても構わないと思う」
「え?」
意味がわからず呆気に取られる。
好きでなければ、知っても構わない?
「でも、あなたが慎二に対してまだ少しでも未練を抱いているというのなら、知らない方がいい」
そこで智論は瞳を開き、美鶴の瞳を覗き込むように顔を寄せた。
「美鶴ちゃん、あなたはもう、慎二に未練は無いの? 慎二に対する想いなど、単なる気の迷いだったと言える?」
美鶴は返事に窮した。
ほんの一日前に好きだと告白した相手に対して、もうどのような想いも抱いていないと、言えるだろうか?
絶句し、視線を泳がせる美鶴の肩を、智論はやや強めに握り締める。
「お願い美鶴ちゃん。もし慎二の事をもっと知りたいと言うのなら、慎二の事は諦めて。もう慎二に未練はない、慎二への想いなどは所詮は憧れのようなものだと断言できるのなら、それなら話してもいいかもしれない」
霞流さんの事を知りたければ、霞流さんの事は諦める。
「慎二と決別する覚悟があるのなら、その時なら私は、あなたが知りたいと思うのなら話してもいいと思ってる」
よく考えて。
念を押すかのような智論の口調に、美鶴はもう食い下がる事ができなかった。
自分は今、霞流さんの事をどう思っているのだろうか?
だが一方で、こうも思う。
どうして智論さんはこうまでして、私と霞流さんを引き離そうとしているのだろうか?
引き離そうとしている。
その言葉が、カチリと美鶴の頭の中で小気味の良い音を立てた。何一つ不確定でわからない事だらけで混乱するばかりの頭の中で、これほどピッタリと納得できる言葉を得られたのは、本当に久しぶりのような気がした。
「智論さんは、霞流さんの事が好きなんですか?」
「え?」
驚き、目を丸くする智論の表情が、美鶴の心に火を付けた。
「霞流さんの事が好きだから、だからそうやって私と霞流さんを引き離そうとしているんですか?」
「え? 何を?」
「そうなんでしょう?」
「あの」
困惑し、言葉を探す智論の仕草が、さらに美鶴の心を煽る。
「智論さん、霞流さんの事が好きなんでしょう? だからそうやって霞流さんの事を隠そうとするんでしょう?」
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